「16時間断食(オートファジー)で脂肪が燃える」「1日5食で代謝を落とさない」
ボディメイク界隈では、この2つのメソッドが常に議論の的になっています。
結論から言えば、どちらも科学的に正しい手法です。
オートファジーには細胞の若返りや内臓休息という素晴らしいメリットがあり、実際にこれで絞れているトレーニーも存在します。
しかし、もしあなたの目的が「1gでも多くの筋肉を残し、極限まで大きくしたい」という競技レベルのものであるなら、安易な断食はリスクになる可能性があります。
その鍵を握るのが、空腹時に分泌されるホルモン「グルカゴン」と、筋肉をエネルギーに変えてしまう現象「糖新生(とうしんせい)」です。
今回は、オートファジーを一方的に否定するのではなく、その生理学的なメカニズムを理解した上で、「なぜ多くのトップフィジーカーはあえて面倒な頻回食を選ぶのか?」という疑問に、科学的なエビデンスを用いてお答えします。
なぜ空腹が続くと筋肉が減るのか?犯人は「脳の防衛本能」

オートファジー(断食)を行うと、当然ながら血糖値が下がります。
この時、私たちの体の中では、筋肉を守りたいトレーニーにとっては恐ろしい「サバイバルモード」が発動しています。
1. 脳は「筋肉」よりも「自分」を守る
人間の体の中で、唯一「ブドウ糖(糖質)」しかエネルギーにできない臓器があります。それが「脳」です。
食事の間隔が空いて血糖値が下がると、脳は「やばい!ガソリン(糖)が切れる!」とパニックになり、飢餓状態から身を守ろうとします。
そこで脳は、すい臓に対してあるホルモンを出すよう命令を下します。それが「グルカゴン」です。
2. グルカゴンと「糖新生」の恐怖
グルカゴンは、血糖値を上げる働きを持つホルモンです。
しかし、その上げ方が問題です。体内に糖がない場合、グルカゴンは手っ取り早く糖を作るために、「筋肉」を分解し始めます。
この一連の流れを「糖新生(とうしんせい)」と呼びます。
【糖新生のメカニズム】
- 空腹時間が続く(低血糖)。
- 脳を守るため、グルカゴン(とコルチゾール)が分泌される。
- 筋肉(アミノ酸)が分解され、肝臓でブドウ糖に作り変えられる。
- 結果:血糖値は維持されるが、筋肉量は減る。
つまり、空腹を我慢している時、あなたの体は脂肪を燃やすと同時に、一生懸命鍛えた筋肉を犠牲にして脳に栄養を送っているのです。
これが「カタボリック(筋肉分解)」の正体であり、多くのフィジーカーが空腹を極端に嫌う理由です。
3. ストレスホルモン「コルチゾール」の追撃
さらに悪いことに、空腹というストレスは、副腎から「コルチゾール」というホルモンも分泌させます。
コルチゾールにも強力な筋肉分解作用があるため、グルカゴンとのダブルパンチで筋肉が削られていきます。
オートファジーはこの「飢餓状態」をあえて作ることで細胞を活性化させるメソッドですが、「筋肉の維持」という点においてのみ言えば、諸刃の剣であることは生理学的事実なのです。
混乱を整理しよう:結局、あなたはどっちを選ぶべき?
が向いている人-頻回食(1日5〜6食)が向いている人-.jpg)
ここまで読んで、「えっ、でも断食で痩せた人もいるよね?」「糖新生が起きないと脂肪も燃えないのでは?」と混乱した方もいるかもしれません。
その通りです。糖新生自体は悪ではありません。
問題なのは、体が必要なエネルギーを作る際、「脂肪だけを使ってくれればいいのに、大事な筋肉まで分解してしまう」ことです。
ここで、ボディメイクの目的別に「正解」を整理しましょう。
パターンA:オートファジー(16時間断食)が向いている人
- 最優先:「体重」を落としたい。
- 現状:体脂肪率が高め(男性20%以上、女性25%以上)。
- 目的:健康維持、アンチエイジング、メタボ解消。
脂肪が十分に余っている状態なら、多少筋肉が減るリスクを負ってでも、断食でインスリンを下げ、脂肪燃焼を最大化させるメリットの方が大きいです。
パターンB:頻回食(1日5〜6食)が向いている人
- 最優先:「筋肉量」を維持したい。
- 現状:ある程度筋肉があり、体脂肪率も標準以下。
- 目的:フィジーク、ボディビル、細マッチョ。
解説:すでに筋肉がある人が断食をすると、体は脂肪よりも手っ取り早くエネルギーになる「筋肉」を分解し始めます(カタボリック)。
フィジーク選手がタッパーを持ち歩いて3時間おきに食べるのは「脂肪は燃やしたいが、筋肉は1gたりとも渡さない」という体とのギリギリの交渉をしているからです。
結論:コンテストを目指すなら「頻回食」一択
もしあなたが「ただ痩せる」だけでなく、「かっこいい体(筋肉の凹凸がある体)」を目指しているなら、グルカゴンによる筋肉分解のリスクは避けるべきです。
空腹を作らず、常に血中のアミノ酸濃度を一定に保つ。
その上で、1日の総カロリーをコントロールして脂肪を削る。
これが、ボディビルダーが何十年もかけて導き出した、最も確実な「除脂肪(じょしぼう)」のメソッドなのです。
💪 【上級者編】あえて「空腹」を利用するテクニック

ここまで「空腹は敵だ」と解説してきましたが、フィジークなどの競技者レベルでは、例外的に「戦略的な空腹」を使うケースがあります。
1. 空腹トレーニングで「脂肪燃焼」と「集中力」をブーストする
空腹状態(低血糖)になると、脳は覚醒し、体は「狩猟モード(交感神経優位)」に切り替わります。
この時、アドレナリンが大量に分泌されるため、「満腹の時よりも集中力が増し、パフォーマンスが上がる」と感じるトレーニーも多いです。
また、血中のインスリンが低い状態でのトレーニングは、エネルギー源として脂肪が優先的に使われるため、減量スピードは加速します。
2. ただし「丸腰」では戦わないこと
ここで重要なのが、「お腹は空っぽでも、血中のアミノ酸は満タンにする」という技術です。
完全に水だけの状態でハードなトレーニングをすれば、前述の通り筋肉は分解されます。
空腹のメリット(脂肪燃焼・集中力)だけを享受し、デメリット(筋分解)を防ぐために、上級者はトレーニング中(イントラワークアウト)に必ず「EAA(必須アミノ酸)」や「BCAA」を大量に摂取しています。
結論
「EAAなどのサプリメントを駆使できる知識がある」なら、減量期の空腹トレーニングは強力な武器になります。
しかし、初心者がただ食事を抜いてジムに行くと筋肉を失うだけなので、まずは頻回食で基礎を作ることを推奨します。
実践編:グルカゴンを封じ込める「1日5食」の鉄則

「1日5食も食べたら太るのでは?」
そう心配する方もいますが、頻回食は「食べる量を増やす」のではありません。「1日の総カロリーを変えずに、回数だけを分割する」のがルールです。
目的は、常に血中の栄養レベルを一定に保ち、脳に「飢餓状態だ(グルカゴンを出せ)」と勘違いさせないことです。
鉄則1:炭水化物を怖がらない(低血糖の防止)
減量中だからといって炭水化物を極端にカットすると、すぐに低血糖になり、結局グルカゴンが出て筋肉が削られます。
重要なのは、血糖値を急激に上げず、かつ長く安定させる「低GIの良質な糖質」を小分けに摂ることです。
【最強のアンチ・グルカゴン食材】
- 🍠 サツマイモ(冷やしたもの)
フィジーカーの主食。食物繊維が豊富で、血糖値の上昇が非常に緩やかです。腹持ちが良く、次の食事まで低血糖を防いでくれます。 - 🍙 玄米・雑穀米のおにぎり
白米よりもビタミン・ミネラルが多く、消化吸収がゆっくりです。コンビニでも手軽に調達できるのが強みです。
鉄則2:タンパク質は「3時間おき」に20g
血中のアミノ酸濃度は約3時間で低下し始めます。ここが筋肉分解の危険ゾーンです。
3〜4時間ごとに、脂質の少ないタンパク源を補給し続けましょう。
- 🐟 魚(カツオ・タラ・鮭)
肉よりも消化に優しく、良質な油(オメガ3)が含まれています。4毒抜き的にも最高の食材です。 - 🐔 鶏胸肉(皮なし)
言わずと知れた王道食材。低温調理などで柔らかくしておくと、頻繁に食べても顎が疲れません。
【モデルスケジュール】筋肉を守る1日の食事例
会社員の方でも実践しやすい、現実的なスケジュール例です。
| 時間 | 内容 | 狙い |
|---|---|---|
| 07:00 | 朝食(しっかり) 玄米、鮭、味噌汁 | 寝起き(枯渇状態)からのリカバリー |
| 10:30 | 間食① プロテイン(WPI)、小さいおにぎり | 昼食前の低血糖防止 |
| 13:00 | 昼食(普通) 鶏胸肉弁当、サツマイモ | 午後のエネルギー確保 |
| 16:30 | 間食② ゆで卵、和菓子(干し芋など) | 夕方のガス欠(コルチゾール)防止 |
| 20:00 | 夕食(軽め) 白身魚、葉物野菜 | 就寝中の消化負担を減らす |
頻回食(1日5食)についてのよくある質問
についてのよくある質問-.jpg)
最後に、頻回食を実践する上でよくある疑問と、その対策についてお答えします。
Q1. 仕事中に食事がとれません。どうすればいいですか?
A. 「飲む食事」で低血糖を防いでください。
デスクワークや接客業で、おにぎりや弁当を広げるのが難しい場合もあるでしょう。
その場合は、トイレ休憩の数分で摂取できる「流動食」を活用します。
- MD(マルトデキストリン):吸収の早い炭水化物の粉末です。
- EAA / BCAA:筋肉の分解を防ぐアミノ酸です。
- WPIプロテイン:消化に負担をかけないタンパク質です。
これらをシェイカーに混ぜておき、3時間おきにサッと飲むだけでも、脳は「栄養が来た」と認識し、グルカゴンの分泌を抑えることができます。
Q2. 1日5食にすると、食費がかかりませんか?
A. 実はそれほど変わりません。
「食事の回数」は増えますが、「1日に食べる総量」は変わりません。むしろ、コンビニで余計な新作スイーツやお菓子を買う衝動がなくなる(常に満たされているため)ので、トータルの出費は減ることも多いです。
玄米や鶏胸肉、卵といった「素材」を中心にすれば、コストパフォーマンスは最強です。
Q3. 寝る直前に食べてもいいですか?
A. 寝る2時間前には済ませるのが理想です。
頻回食とはいえ、就寝直前にガッツリ食べると、睡眠中に消化活動が行われ、成長ホルモンの分泌を妨げてしまいます。
最後の食事(5食目)は、白身魚やプロテインなど、消化の良いものを寝る2時間前までに摂るように調整しましょう。
Q4. EAAを飲めば、オートファジー中も筋肉は落ちませんか?
A. 筋肉は守れますが、オートファジー(細胞のリサイクル)は止まります。
ここが最大の落とし穴です。アミノ酸(特にロイシン)を摂取すると、体は「栄養が来た」と判断し、オートファジーモードを解除してしまいます。
つまり、「筋肉を守ること」と「オートファジーの効果」は同時には手に入りません。
「減量(脂肪燃焼)」が目的ならEAAを飲んでもOKですが、「細胞の若返り」が目的なら水だけで過ごす必要があります。
Q5. BCAAやEAAの人工甘味料が気になります。
A. 腸内環境を気にするなら「ノンフレーバー」一択です。
市販のアミノ酸パウダーの多くには、強烈な苦味を消すために大量の人工甘味料が使われています。これが腸内環境を悪化させ、ガスや下痢の原因になることがあります。
「良薬口に苦し」と割り切って、人工甘味料不使用の「ノンフレーバー(プレーン)」を選ぶか、天然甘味料(ステビアなど)使用のものを選ぶのが、体への負担を減らす正解です。
おわりに:筋肉を守る「管理能力」を身につけよう
オートファジーは確かに強力な減量メソッドですが、それは「筋肉を多少犠牲にしてもいい」という前提の上に成り立つ諸刃の剣です。
私たちフィジーク志向のトレーニーが恐れるべきは、カロリーではありません。
恐れるべきは、「ガス欠(低血糖)」によって、自分の体が自分の筋肉を食べてしまうことです。
「空腹を感じる前に食べる」この先回りした管理能力こそが、ステージ上で輝く密度の高い筋肉を作る唯一の道です。
自分のライフスタイルに合わせて、グルカゴンをコントロールし、賢く脂肪だけを削ぎ落としていきましょう。
この実験室の「合わせて読みたい」研究レポート
🥤 頻回食に必須!お腹を壊さないプロテインの選び方
「仕事中に食事は無理…」という方は、WPIプロテインを活用しましょう。ただし、選び方を間違えると逆にお腹が張ってしまいます。▶ プロテインでお腹が張る原因は「WPC」?日本人が選ぶべきWPIプロテインの正解
🚫 食材選びの基本「4毒抜き」とは?
頻回食で「何を食べるか」に迷ったら、まずは基本に立ち返りましょう。避けるべき食材を知るだけで、体は劇的に変わります。 ▶ 【四毒抜きのすすめ】小麦・油・乳・砂糖を抜いて分かった驚愕のダイエット効果

